エクアドルで何が?麻薬カルテル暴力から逃れる人々、川の権利擁護の動き
エクアドル:暴力から逃れる人々
エクアドルでは麻薬カルテルの暴力が深刻化しており、多くの人々が国外への脱出を余儀なくされています。BBCの報道によると、快適な生活を送っていたガブリエラという女性は、カルテルの脅迫を受け、ディズニーワールド旅行を計画していた娘と共にアメリカへ逃れました。彼女の家族は身代金要求と残酷な暴力に直面し、安全を求めて亡命を申請しました。
アメリカの亡命法は、人種、宗教、国籍、政治的意見、特定の社会集団への所属に基づく迫害を理由とした亡命を認めていますが、エクアドルを含むラテンアメリカからの申請者にとって、亡命を認めてもらうのはますます難しくなっていると専門家は指摘しています。
ミシシッピ川:ルイジアナの風景を形作る川
一方、ルイジアナ州では、ミシシッピ川がその風景を特徴づけています。ロバート・マクファーレンの新著「Is a River Alive?」では、川が地球上の生命を形作る役割を探求しています。川は単なる地理的な存在ではなく、生命力に満ちた存在として捉えられています。マクファーレンは、川が複雑な存在であり、他の生物と同様に扱われるべきではないかと問いかけています。
地質学者で地図製作者のハロルド・フィスクは、ミシシッピ川が長年にわたってどのように蛇行してきたかを地図化しました。彼の作成した地図は、川がかつて流れていた場所を示す堆積物などの証拠を示しており、マクファーレンはこれを「川の記憶」と表現しています。フィスクの地図は、ミシシッピ川が時間と空間を超えて移動する存在であることを示唆しています。
エクアドル:川に法的権利を認める先例
エクアドルでは、自然を単なる法的概念ではなく、生きている存在として捉える動きがあります。キトゥ・カラ先住民族のダリオ・イサ・ピラクインガは、首都キトを流れるマチャンガラ川の保護に尽力しています。彼は幼い頃に見た清らかな川が、産業廃棄物によって汚染され、酸素がわずか2%しかない危険な状態になっていることに心を痛めています。
2024年5月、キトゥ・カラの人々は、科学者や地元の団体の支援を受け、市を訴え、勝訴しました。裁判所は川の修復を命じましたが、市は控訴しています。エクアドルは2008年に憲法で自然の権利を認めており、この分野の先駆者となっています。ボリビア、インド、スペインなどもこの例に倣っていますが、これらの権利を実践に移すのは容易ではありません。マチャンガラ川の事例は、科学的データ、政治的意思、地域社会の関与がいかに重要であるかを示しています。
元憲法裁判官で弁護士のラミロ・アビラは、企業に責任を負わせることが最大の課題だと述べています。しかし、インドやエクアドルの例は、地域の水処理や公教育などのシンプルで手頃な解決策が役立つことを示しています。自然の権利を認識することは重要ですが、それは始まりに過ぎません。